なぜ、そこまで気になるのか。なぜ、何度でも試したくなるのか。人にはうまく説明できなくても、自分にとってはどうしても譲れないものがある。私は、その偏りに面白さを感じます。
身体性、衝動性、偏愛性。心が動いたときの体の反応や、理由を整理する前に動いてしまう感覚。その人が何を見て、何に夢中になってきたかが、表現にはにじみ出ると思っています。
偏愛で、突き抜ける。
突き抜けるというのは、ひとつの「好き」を、納得がいくまで突き詰めることでもあります。ほんの少しの間。音が入るタイミング。目線の動き。色の組み合わせ。気になった細部を、そのままにしておけない。その積み重ねが、作品の温度になる。
面白いと思った感覚を、途中で薄めたくない。まだ見たことのないものに触れ、自分でも試してみる。経験が増えれば、表現の引き出しも、その人らしい見方も育っていく。私は、そんなふうに尖っていきたいと考えています。
その熱を、誰かに渡す。
偏愛を作品に込めたら、次は、それが相手にどう届くかを考える。何を最初に見せるか。どこで気持ちが動くか。言葉や映像、音をどうつなぐか。自分たちの感覚を信じながら、見る人が受け取れる形まで磨いていく。
好きだから、そこまでやってしまう。その情熱が、画面の向こうの誰かに伝わる。シュリオールは、そんなクリエイティブをつくりたいと思っています。