AIによって、できることが増えていく。その先で、人間はどんなふうに生きるのか。私は、この問いをずっと考えています。
仕事や暮らしにある面倒、不便、できなくて困ること。そうした「マイナス」をAIに任せられる場面が増えたとき、私たちの時間は何に向かうのでしょう。空いた時間を、ただ持て余すのはもったいない。
ゼロの、その先へ。
「困る」を減らした先に、「やりたくてたまらない」を増やしたい。暮らしが整ったその先で、何を見たいか。何を体験したいか。何をつくりたいか。人間の情熱は、そこからもっと自由になれると思っています。
発想、行動、ひらめき。理屈が追いつく前に心が動き、気づいたら一歩踏み出している。便利になるほど、そんな瞬間の価値が大きくなっていくのではないでしょうか。
AIにも、面白いと思われる人間へ。
少し変な言い方ですが、私は「AIにとって面白い人間でありたい」と考えています。合理性だけでは説明できない偏愛や衝動。実際に体を動かして得た感覚。その人が生きてきたからこそ生まれる、独特のものの見方。そういうものを、もっと濃くしていきたい。
その熱を作品に込めて、見る人の心も動かす。思わず見入る。もう一度見たくなる。何かをやってみたくなる。私たちが「脳汁」という言葉に込めているのは、そんな、生きている実感につながる高揚です。